山の歌


民謡のタイトルにはよく正調○○節と書いてあることが多い。
この正調とはどういうことなのか?
山の歌を歌うようになって初めて実感した。


各年代が揃うOB総会などで発覚するのだが、
ある山の歌を現役世代が歌う、
すると年寄のOB達がざわつきだすことがある。
なんだかへんだ。
音程がおかしい。
現役部員に問いただすと、「ぼくらは先輩からそう教わりました」との答えが返ってくる。
誰だ、誰だ、お前だろ、お前じゃないのか。
犯人探しが始まるが、
結局うやむやになってしまう。

というのも山の歌は基本、口伝式なのだ。
途中、音痴な上級生や、自分に酔いしれるようなOBがいると、
自分が歌いやすいようにと無意識に原曲を変えてしまうのだ。
今時こんなアナログな世界はない。

自分が現役の時にも感じたが、同じ曲を歌っていても、他大学の学生と微妙に違うことがあった。


同じメロディーでも歌詞を変えて歌われることもよくある。
雪山賛歌が「いとしのクレメンタイン」の替え歌であることはよく知られているが
他にもいろいろあるようだ。


クラブでよく歌った唄に「山恋」という歌がある。
曲は「坊がつる賛歌」だ。

・・・(ゆっくりめのテンポで歌う)・・・

<山恋>
1.同じ思いの憧れを
  むねに抱いて行く道は
  希望の道ぞ山男
  いざ共々に進まなん

2.人皆花に酔う頃は
  残雪恋し山に行き
  涙を流す山男
  雪解の水に春を知る

3.故郷の山は低けれど
  夏はアルプス岩が呼ぶ
  岩に寄すれば山男
  無我を悟はこの時ぞ

4.深山の紅葉初時雨
  テント濡らして暮れてゆく
  心なき身の山男
  さびしさ知るはこの頃ぞ

山の歌には哀愁の漂うものが多いですな。